Act,32

「で……流れ弾に当たって全治2週間……だせぇ。」

「名誉の負傷と言いたまえ。それに入院は抜糸の都合で2泊だけだ。」

現場から軍部に戻り、ロイが手術を終え白々と夜が明け始めた頃。
ヒューズが面倒を見ていた兄弟が事の次第を知り、苦情……文句を言いにロイの病室へ現れた。

「ったく……俺らの事邪魔にしやがってこれじゃぁざまぁみろだ。」

「騒ぎを大きくするわけにはいかんだろう。」

「どーいう意味だよ!」

「兄さん!」

アルフォンスが兄を宥めるも利くかず、
エドワードが身を乗り出し、ロイの襟首を掴み掛けた時だった。
それを遮るように数回のノックオンと共にリザが姿を見せる。

「お二人とも。病室ではお静かに。」

「騒がしいのはむしろ鋼の一人だけかと思ったがな。」

「んだとっっ」

「大佐!」

二人の間に割って入ったリザは数枚の書類を手渡す。

「ご苦労。他はもう上がったか?」

「はい。明日……本日通常出勤ですから早々に切り上げました。」

「君は?」

「私は本日非番でしたから……」

「そうか。すまないな。現場の検証と後の処理は定時の業務開始からだな……
ヒューズにも少々手を借りるか……」

二人が会話を始めると、蚊帳の外となったエドワードが病室の椅子へと腰を下ろす。

「あの……さんは?」

アルフォンスが二人の会話中小さく尋ねる。
エドワードも気にはなっていたのか、僅かに耳が跳ねる。

「彼女は意識を失っていただけだ、怪我は無い。」

「よかった……」

「『怪我は』って事は他はどーかわかんないって事だよな……」

「兄さん?」

胸を撫で下ろすアルフォンスに、エドワードが小さく呟く。

「私と話をしている段階では特に問題はなかったが……。」

「目覚めて見ないことにはわかりませんね。」

中尉の言葉を最後に4人の会話が止まる。

「私なら大丈夫ですよ?」

重い空気が室内を包み始めた頃本人が病室に顔を見せた。

さん!」

駆け寄るアルフォンスに笑顔で応え、「ありがとう」と一言加える。

「あの……目が覚めたら隣の部屋からエド君の声が聞こえてきて……
部屋の前まで来たらなんだか私の話をしてたみたいだし……ノックの前に入ってきちゃいました。ごめんなさい。」

「いや…それは良いんだが……。」

「大丈夫ですよ。私。」

『無理をしている』
誰もが分かってしまう作り笑顔。

「私の事よりロイ……は大丈夫なんですか?
止血はできましたけど浅くもなかったですよね?」

「そうだな。入院は抜糸の都合で今日明日と。
全治は2週間だそうだが…ま、デスクワークには支障あるまい。
この病院も軍部内の施設だからな。書類にサインくらいはできるさ。」

ロイのベットに寄り、その姿にの表情にやはり陰りが入る。
それを周りも逃す筈も無い。

「中尉。悪いが……」

「はい。エドワード君、アルフォンス君。行きましょう。大佐。また後程……」

ロイとリザの会話を察した兄弟も、何も言わず、3人揃って退室する。
姿が消え、扉が完全に閉まる事を確認すると、ロイの手がの頬へと伸びる。

「座らないか?」

「はい……」

先ほどまでエドワードが掛けていた椅子に腰を落ち着け、
が上げた顔には細い涙の筋が1本通っていた。

「すみません……」

「なぜ君が謝る?」

「だって……その怪我……」

「これは私が兄弟を邪険にした罰が当たったそうだよ。」

「そんな!冗談!」

「あながち冗談でもないさ。『if』だろう?これも。
何をどうしたところで怪我をしてしまったものは仕方が無いし、
あの埃の量がもう少し多ければ……私が咄嗟の判断で焔の起し方を間違っていれば……
お互い怪我では済まされなかったかもしれない。だから君が気にするような事はないんだよ。」

頬に触れていた指がの涙をそっと拭う。

「それよりまた泣かせてしまったな。
この3日程色々あったからそれも仕方が無いと言えば仕方が無いのだが……
私は男としてそちらの方が情けないよ。」

「私は……あなたの側に居て良いんですか?」

触れていた指先が離れると、は自分の意思を伝えるようにその手に手を沿える。

「そうだな……
今回、私が個人的に動いてしまった事で今後も君に害が及ぶかもしれない。
君は……はそれでも私の側に居て貰えないだろうか?」

ロイの回答にの瞳からまた一筋涙が零れ、
しかしその表情はどこか晴やかに、そしてしっかりと頷く。

「それと…ありがとう。」

「『ありがとう』?」

「一瞬躊躇いはあったようだが、呼んでくれたね『ロイ』と。」

「あ……」

「ありがとう。」

「はい。」

明け始めた朝日が二人を照らし、病室に長い影を作る。
その影が一瞬重なり、甘く塗れた音が何度か部屋に響く。
誰が止める事なく続くその甘い時間を、ベットから落ちた書類の音が二人を現実に引き戻した。

「……ごめんなさい。」

「いいさ……」

ベットから離れ、落ちた書類を拾い集めロイへと手渡す。

「これって今日の……」

「そうだな。簡単にまとめさせた報告書だ。
君からも、ここで私から調書を取らせて貰う事になるかな。」

「……あの人はどうなるんですか?」

「君からの調書次第だが……個人的には灰にしてやりたい気分だな。」

「そりゃ確かに私もそうですけど……私の証言次第で…って事ですよね?」

「そうなるな……こういう時こそ星の数とラインの数を利用するつもりでね。
君からの調書とある程度なら感情を添える事もできる。」

『すべて話してみよう』

嘘か真か……
昨夜あの男との会話を全て話してみよう。
その上でこの人に任せれば良い。
怖くなかったと言えば嘘になる。
それどころかある種のトラウマにもなってしまっているかもしれない。

書類の数を確認し始めたロイの姿を見て、ふと顔を上げれば、外は良く晴れている。

「窓開けて良いですか?外…良いお天気ですよ。」

「そうだな……」

立ち上がり、ロイの手元に書類が全てあることを確認してから、そっと窓を開ける。
朝の気持ち良い風が薬品臭い室内に流れ込み、の頬を撫でる。

「歌でも…歌でも歌いましょうか……」

マスタングへと優しい笑みが向けられる。
爽やかな朝の空気を肺に入れ、書類に目を通していた手が一瞬止め、テーブルの万年筆に手を伸ばす。

「……頼めるかい?」

「はい。」

ベットの側の椅子へ座り直し、がゆっくりと唇を開く。

良く晴れた空。
朝の風がカーテンを揺らし、その穏やかで優しい声は夏の青い空に溶けて行った。


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「もう6時か」
「時間厳守で頼むよ鋼の」
「はいはい」
この二人の会話に、一瞬頭の中の文章が飛んで、めっさパニック起こしました。
不意打ちなんだよね。くそう!