ホワイトデー

『ホワイトデーには3倍返し』

我ながら馬鹿な事を口にしたなぁと思う。

一ヶ月前、エルリック兄弟が訪れ、焦げ臭く、何か間違ったチョコレートフォンデュを貰った2月14日。
頂いた気持ちはうれしかったけれど、ダメになった鍋を中心に戦場痕のキッチン。
「こんな物に…」とまで思うも、朝起きて顔を会わせた家の主は、
絆創膏だらけの指と、自分の顔を見るなり謝って来たあのなんともいえない表情に何も言えず、
まるで反射的に礼を延べてしまい……

「どうしよう……何か残る物を用意するにしても……」

まだアルバイトを始める事も許されていない身の上。
最近使い勝手が悪いと言っていた財布でもプレゼントしたい所だが、預かったお金で用意できるわけでも無く、
好奇心から勉強し始めた錬金術で作れるわけでも無い。
そうなると自分にできるおかえしと言えばごくごく限られてくるわけで……
何にしようか、どうしようかと迷っている内にあっと言う間に一ヶ月。
いざとなると行動力の無くなる自分が物悲しくなる。

「男の人って何を喜んでくれるんでしょうね……」

すっかり日課になってしまっている、楽器店の小父様とのお茶の時間。
ご主人様がファンの子から頂いてきた香りの良い高級紅茶を煎れながら呟いてしまう。

「なんでもいいんじゃないかい?形の残る物が全てじゃないだろう?」

「確かにそうなんですけど……」

形の残る物でなくて、あの人の喜びそうな物って言われて夜のご奉仕以外に思い付かなかった私はただの馬鹿なんでしょうか?

「案外あの人より私の方が変態なのかもしれません……」

「何の事じゃ?」

思わず漏らした一言を軽くスルーしていただき、何時もの時間に楽器屋を出て、
夕飯の買い物がてらふらふらと街を歩く。

「夕飯の買い物は済んじゃったし本当にどうしよう……」

野菜にお肉、その他もろもろ籠の中身を確認しながら歩いていたら突然ぼすっと何かにぶつかってそのまま肩を捕まれる。

「あっごめんなさい。」

「ごめんですんだら俺たち軍人や憲兵はいらねーなぁ。」

「……そういうのへ理屈って言いませんか?」

「へ理屈で絡まれて悪いおじさんに連れてかれてもしらねーぞ?」

「連れてかれるような年でもありません。けど……今のは余所見してた私が悪いんですよね…ごめんなさい」

「まったく……考え事か?」

少しむっとしながらも、顔を上げれば金髪の短い髪にトレードマークの咥えタバコ。
私の肩を掴んでいた手が離れ、その手がごそごそとポケットを探り、小さな包み紙を一つ差し出した。

「大将達から聞いたんだよ。先月のお礼。ホワイトなんとかなんだろ?今日。」

「えっ…あ…でもあれは私がただのお祭り好きで作っただけで……」

包みを受け取り、嬉しくて顔を僅かに綻ばせながらも口ではなんとお礼言っていいか判らずまごまごしてしまう。

「先月と限らず、日頃の礼だよ。たまにはな。」

「ありがとうございますっっ!!」

頂いた包みをぎゅっと握り締め、顔を上げると満面の笑みでお礼を述べる。
買い物籠を腕に引っさげていた私の腕を取り、ハボックさんは近くのベンチまで寄ると私に席を勧め、並んで二人腰掛た。

「で、考え事はどうせ大佐の事だろう?何考えてたんだよ。」

「私先月ロイさんから頂いちゃったんですよね……チョコレート。しかも手作りで……」

「……大佐の手作り。」

「翌日はきっちり雨でした。えっとそうじゃなっくって……味や後始末はともかく、一生懸命作ってくださって……
お礼をどうしようかと悩んでたんです。」

「なるほどねぇ……」

「まだバイトの許可も頂いてないし、かといって手作りのお菓子や料理なんかは日常の事だし……」

「先月大佐が絆創膏だらけの指してたのはそれか……」

話を聞きながら会話の途中咥えていた煙草を離し、靴底で火を消すと傍の灰皿へ投げ込む。

「フルーツ切るだけで何であそこまで指が切れるのかが私にはわかりません。」

「不器用な人だからなぁ…果物ナイフじゃなくてサバイバルナイフなら上手く使えたんじゃないか?」

「知りませんよそんな事…それよりお礼どうしようかって話を……」

「物が無理なら、ミニスカートとか裸エプロンとか」

「やっぱりそれしかないんでしょうか……」

「いや…今のは冗談なんだが、もしかして本気で考えてたのか?」

「他に思い当たらないんですよ…私の頭の中どうかしてますよね……」

「それ以外思い当たらないって思われるような大佐も大佐だけどな。」

「ハボックさんならどんな物が良いですか?」

「俺は……さぁなんだろうな。俺だって、へのお礼考えるのに苦労したんだ。だって苦労しろよ。
他にもあるんじゃないか?だからしてやれる事。」

「私だから……そういえば…中身見ていいですか?実はさっきから気になってたんですけど……」

そこまでの短い会話を終えるとハボックさんは立ち上がり、胸のポケットから煙草を取り出すと咥えるだけ咥え、
なんともらしい少しいたずら心のある笑みをみせてくれた。

「家帰ってからのお楽しみって事で。で、俺からオマケ情報。今日の大佐の帰宅時間は恐らく20時以降だな。」

「意地悪……でも、ありがとうございます。もう少し自分で考えてみますね。」

並んで私も立ち上がると、頂いた包みを籠に入れ、軽くスカートを叩いて笑顔で向きなおす。

「おー苦労しろ。こういう悩みなら楽しくていいじゃないか」

「それもそうですね。」

お互い短く挨拶を済ませ、それぞれ道を歩き始め、私は再度悩み始めた。
帰宅はそんなに遅くならないって事はあまり時間も無いと言う事で……

誰も居ない家に戻り、エプロンを装備。籠から野菜を取り出し際先ほどハボックさんから頂いた包みが目に入る。
手にとって包みを開いてみれば、かわいらしい花柄のハンカチが一枚。

「ハンカチってお別れって意味じゃない」

意味を知らぬ相手の顔を浮かべ笑みがこぼれる。
それでも、女性物のハンカチを男の人が店頭で選んで購入するのには結構勇気が必要だっただろう。

気持ちの問題。

そう。大切なのは気持ち。

先月エルリック兄弟を巻き込んで大佐が作ってくれたチョコレートだって、焦げ臭かったし、硬かったけど、何より気持ちがうれしかった。

ハボックさんから頂いたハンカチを自分の部屋へ収め、階段を降りる。

何時もより少し手の込んだ料理に、玄関へのお迎えに一言添えてみようかなと考えながら野菜にナイフを入れ、
一品一品仕上げながら、新しい料理をとクッキングブックを確認しながら作業を進め、料理の仕込みを終え、家の主の帰宅を待ちながら私が用意した物は……








結局私のご主人様は2人の兄弟を伴って賑やかに帰宅してくれた。
いろいろ準備してたけどまた後日でいいかなと……

日付にこだわらず、気持ちだけはしっかりと向けて。
それから次の休みには二人で鍋でも買いに行こう。
先月小さなチョコレートフォンデュでダメになってしまったお鍋を買いに………




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何をどう用意したのかは個人の想像と妄想にお任せします。
本当はロイサイドも作ろうかと思いましたが、バレンタインがロイサイド寄りだったので、やめました。
お相手がハボックさん出ずっぱりだったのは気のせい。
ま、気持ちが大切と言う話って事で……
ホワイトデーは兄弟の邪魔も入りバレンタインデーとは一転、賑やかに過ごした事でしょう。。。