Act,18 | ||||
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ロイさんは帰宅してから特に何か問う事もなくて、 「おかえりと言われるのはなんだか気分がいいな」 そういって笑顔を見せた。 夕飯の味なんてわからなかった。 少し会話をしたとは思うけど、内容なんて覚えてない。 元々夕飯なんて食べなかっただけに、 ろくに喉を通らず、早くこの時間が過ぎてしまって欲しいと願って…… 「。疲れているとは思うが、少し私に時間をくれないかい?」 食事の片付けと入浴を済ませ、リビングの前を通れば、ロイさんに声をかけられ、 部屋を見れば、応接用のテーブルに二人分のワイングラスが用意されていた。 「はい…」 ロイさんは小さく返事を返した私の手を取りソファーを勧め、 お互い並んで腰を落ち着けると私を待っていたのか、ワインのコルクを空け、グラスに波々とそれを注いで行く。 「図書館はどうだった?なにか収穫はあったかい?」 グラスを傾けるロイさんに習って、私もワインに口をつける。 気がつけば体を寄せ、肩を抱かれていた。 そういえば酔った勢いなんかで女の子に抱きつく事はまれにあっても、 こうやって人と体を寄せ合うのってもう何年も経験してないような気がする…… 肩口から伝わるロイさんの体温が暖かい。 「私が住んでいた国のあった場所と、この国との位置関係がわかりました。後は新聞読んだり……」 男の人とこんなに密着して話しをするなんて初めてかもしれない。 緊張してるのか、声が小さくなってしまう。 「住んでいた国のあった場所?」 「場所の特定だけです。少し歴史書を覗いただけで、やっぱり世界が違うんだと実感させられましたし……」 「そうか……行ってみたいとは思わないのか?」 「あまり……。 時代背景からして、たとえ同じ世界であっても、まったく別の生活と文化が営まれてると思うんです。」 「同じ国で?」 「私の住んでいた国は島国で140年と少し前まで鎖国…… 外国との交易とを一部特例を除いて禁止し、独自の文化を歩んでいたんです。 開国後、少しづつ他国の文化を取り入れ、60年程前世界規模の大きな戦争で敗戦し、 そこからは産業革命が起きて……今この国で営まれてる文化と時代を考えると、 きっと私が生活していた時代より随分昔だと思うんです。」 ワイン……のせいなのかな……体温が上昇してる気がする。 気恥ずかしくて、顔が上げられない。 なんだか何気ない会話が続いてしまっているけれど、 ロイさんは私からこんなことを聞いて楽しんだろうか…… 今日の事も聞いてこない。エド君が連絡を入れたといっていたのに…… 時々顔を上げてロイさんの表情を伺うんだけれども、 目が合うとロイさんは笑顔を見せてくれる。 こんな時に不謹慎なんだろうけれど、こういう笑顔を見せられる人がモテルんだろうなぁと考えてしまう。 「そうか……。 …君はどんな生活を送っていたんだい? 私は君の住んでいた国の事もだが、それよりも君自身の事が知りたい」 そんな事聞いてどうするの? 私自身の事なんて…… 「それは…別に…首都圏内に一人暮らしで…」 「女性の一人暮らしか…そういえば、ハボックが聞きなれない職種を聞いたと言っていたが?」 「仕事は…文化と時代の違いですよ、先日見せた映像作ったりしてました。」 「ふむ…ピアノは?」 「子供の頃親の趣味で……当時は大嫌いだったんですよ……」 「一人は長かったのかい?」 「高校卒業して……18から一人暮らしです。とにかく早く実家を出て自立したかったんです。」 「18からか…」 グラスを傾け、アルコールを消費しながら、ゆっくりと二人の時間が流れる。 静かな部屋には、二人の会話と時間を刻む時計の音だけが響く。 そうだ。私には他人との共同生活なんて最初からできっこない。 生まれた時から血の繋がった家族とですらできなかった事を、 赤の他人なんかと生活なんてできる筈ないんだ…… ロイさんが用意していたのか、どこからか茶色い封筒を取り出し、そこから数枚の書類を、テーブルへ広げる。 白い書類には記入箇所が何箇所も…… おそらく住民票のような物。 「内容は分かるね…君は一人で暮らしたいのかもしれないが、しばらくはここに居て貰えないか? 私自身も決して敵のいない人間ではないが、まだこちらに不慣れな君を一人にすることはできない。」 ロイさんの話を聞きながら書類を手にする。 書類の頭に書かれた文字は…… 「戸籍申請書……」 書類を手にし、ぽつりと一言漏らす私の顔をロイさんが覗き込む。 「どうしても一人になりたいか?」 違う……一人になりたいんじゃない。 「そんな事は…でも私は…血の繋がった家族とすらうまくいかなかった人間なのに、 他人と共同生活が続けられるか不安で… それにロイさんだって独身の男性なら、良い人が見つかって邪魔になるだろうし……」 「…その事なら昨日話をしただろう? 私が嫌いなわけでないのなら、住所はここで問題ないね。」 私の言葉を聞き終える事なく、 ロイさんは私の肩を抱き寄せながら、器用に万年筆のキャップを外すと、 書類にさらさらと住所を記入していく。 「名前と生年月日だな…スペルは?失礼かとは思うが年齢も教えてもらえるか?」 「あの…」 「働きたいのであれば、そうだな…軍の事務局を紹介してもかまわない。 別に家事に縛り付けようとは思っていないよ。」 「そういう事じゃなくて……」 「言ったろう?君を手放すつもりは無いよ。」 「でも……でもやっぱりいろいろ迷惑が……」 「迷惑だなんて誰も思っていないさ、もしかして君はそんな事を気にしていたのか?」 「気にしますっ。それがすべてじゃないですか……生活習慣の違いに、 生活費に…それに…私がここにいたらロイさん女の人連れ込む事だってできないし……」 「女……必要があれば外で済ませて…あーではなくて……」 外……思わずロイさんの顔を見上げてしまった私に、咳払いをして表情を隠す。 男の人なんてみんな一緒じゃない…… 「生活の事は心配いらないから…生活習慣も追々慣れて行けばいい。」 「でも今日早速……」 「あれは『迷惑』ではなくて『心配』だろう。私も心配ならしたよ…。」 「心配…?」 心配?何を?なんの? 頭の中でよくわからない感情が回り始める。 「?」 ロイさんが言葉を失う私の顔を覗き見る。 そんな顔で見られたってどうしていいかわからない。 「家事を…疎かにしてしまった事は……でも…嬉しかったんです…… 舞い上がってました。今後は気をつけます。だから……」 確かに私は時間を忘れて没頭してた。 お夕飯の買い物だって、家の掃除だってしなくちゃって思ってた。 だけど嬉しかったんだ、街の人達の顔をみて、豊かな表情の中に、 今まで住んでいた世界では無いあの表情に疎外感を感じて、ぼんやりしてたら声をかけてくれたあのお爺さん。 久しぶりに弾いたピアノの音は気持ちよくて、 手入れの行き届いた音に、木製の鍵盤に、指がどんどん走り出して…… 「家事の心配をされる程夢中になるつもりなんてなかったんです…… 言い訳にしかならないけど…でも……」 まるで子供の言い訳だ…… 涙が出てくる。 叱られて泣きながら言い訳する子供。 わかってはいてもやっぱり涙は出てくる。 いつの間にかグラスから離した手が膝の上で服に皺を作り、その拳の上にぽたぽたと雫を落とす。 やっぱり私は心配される程何も出来ない子なんだと、 耳に蛸が出来るほど言われ続けた言葉が頭の中を巡る。 一人になりたい…… 一人で誰に心配される事なく、適当に生きていたい…… なぜあの時死なせてくれなかったんだろう…… 一人で生きていけない世界なら……… 私はイラナイ…… |
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なんでこんな難産だったかわからんです。 ヒロインさんの性格って言うか内面的なトラウマと言うか…… ドリームなんだしこんな人間臭い部分ださなくてもいいじゃんとか思うのですが、 お互い一目惚れで恋愛とかつまんねーなぁと思った私なりの結論です。 |