Act,19

急に心が冷めてきた。

零れていた涙はぴたりと止まって、なんだかもうどうでも良くなってきた。
『君でなければ駄目なわけ』なんなのそれは?
きっとロイさんが望んだ私は「自分に都合の良い女」


「ロイさんの望んだ物は何だったんでしょうね……」


書類と共にテーブルに置かれたペンを手に取り名前と年齢を記入する。
こっちに来てからなんだか自分がまったくわからない。


不安になったと思えば安心したり


ガラにも無く泣き出したり


何かに舞い上がってた。


新しい生活にだろうか…それともロイさんの調子の良い言葉に乗せられた?
何処へ行っても同じ。


寂しいけど…だけど……



きっと一人で居るのが楽でいい……


「君は何が怖いんだ?」


母親曰く魚の死んだ目だとか…鮫のような目って言われた事もあったっけ……
そんな目をしてたんだと思う。
何処を見てるか分からないような、定まらない視点。
なんで涙なんか流したんだろう……

私の手にロイさんの大きな手が重なった。
不意に視界に現れたそれに顔を上げると、ロイさんの顔はもうそこに無くて、


私は……


抱きしめられていた。


「少しづつ慣れれば良いと言っただろう。
それに私は君を手放すつもりはないと情緒不安定になって当然なんだよ、
君は何も知らない世界へ飛び込んで来たんだ。
だからこそ、心配したんだよ。
鋼のも顔を見るなり怒鳴ってしまう程、君の事が心配だったんだ。
おそらくあの子は自分自身に苛立っていたんだろう、君を一人にしてしまった事に……
私達がしていた心配は自身の心配なんだよ」


抱きしめる腕は力強くて、暖かい。

耳元から直接響くロイさんの言葉がゆっくり胸の中へ、彼の体温と一緒に染み広がる。



信じていいの?



頭の中で木霊が響く




信じたい……でも……



抱きしめるロイさんの胸を押し離す。


「ご心配おかけして申し訳ありませんでした……以後気を付けます。」


俯いたままロイさんの顔を見れない。

でも、押し返した胸から手を離す事もできない。

なんなんだろう私は……



俯いたままの私の頭の上に大きな掌が乗る、上げられた手に思わず首が竦み、身構えてしまうけれど、
優しく髪を撫でた手は、頬へと降り、私の顔を持ち上げ互い視線を合わせる。

指が頬を撫で、吸い込まれるように……
二人の唇は重なっていた。


信じたい。


でも裏切られたらどうする?


何も知らない土地で一人……


『手放す気はない』


そんな事いったって所詮は他人で、邪魔になれば捨てられるだけ。


どうして良いのか分からない。
抱きしめられた腕は温かくて、甘えたい。信じたい。
いろんな感情が胸を締め付ける。




→ここから先は18禁にしました。
二人のベットシーンが読みたい方は此方へ……いらない方はこのまま続きをどうぞ。





腰が痛い。

カーテンから漏れる光がまぶしくて目を覚まして直ぐの感情。
寝返りを打とうにも横にはこの家の主の顔があり、
私は腕の中にすっぽりと納まっていた。

「何時の間にベットに移動したんだっけ……」

声には出さずぼんやり考える。
流れに任せてソファーの上で抱かれ、痛みに耐えて躰を預け、翌朝目が覚めればその男の腕の中。
我ながら最低な女だと思う。

別に処女を守ろうとかそんな事は考えてはいなかった。
今まで何度か危うい場面には出くわしたが、何とかここまでは行き着かなかったのも、
ただ縁が無いだけかと思ってた。

「躰売っちゃったみたいじゃない……」

背中に回されていた腕を解き、腰の痛みを引きずりながら身を起こそうと身じろぐ。
全裸のままでも後始末はしてくれているのか、体に不快感は無かった。
それでもやっぱり直ぐにでもシャワーは浴びたい。

そんな事を考えながらぼんやり朝日の昇った窓の方を見ていると、
ロイさんが起き出して私を背中から抱きしめていた。

「おはよう」

耳たぶに甘く吸い付く。
くすぐったくて首をすくめるも私は返事をできずにいた。

なんて言えばいい?

『これで私はあなたの物だから捨てないで?』

たかだか1度寝たくらいで馬鹿らしい。
それに自分がこの人を繋ぎ止めておけるような体の持ち主だとはさらさら思わない。

?」

返事の無い私の名を彼が呼ぶ。

「おはようございます。」

昨日散々あんな無茶な声出しだからか、泣いたからか、声が少し掠れてる。
体もだるい。

「今日は辛いだろうから、もう少しお休み……」

この人仕事は良いんだろうか……

「起きます。エド君の朝食の支度と、それにロイさんお仕事ありますよね。」

緩んだ腕から重いからだを起こし、ベットから足を下ろす。
全裸の体がシーツから離れれば少し肌寒かったけど仕方が無い。

「服…お借りして良いですか?」

「仕事は昼からだから本当にゆっくりでいいんだぞ?」

「お借りしますね。」

クローゼットの引き出しを開いて白いYシャツを一枚失敬する。
袖を通せば大きめの其れは十分腿も隠してくれるからこれで大丈夫かな……

少し話しをしないか?」

ベットから起き上がったロイさんが声を掛けてくる。

「何を話すんですか?」

さすがに長い袖を折り曲げながらすっぱり言い切る。
それでもじっとこっちを見てくるロイさんの視線が気になって、そのまま私はベットに腰掛けた。




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今回続きですね。
何とか20話で一部終わりそうでよかったです。
いったい何日かかっているのやら……