Act,24

「男からこんな物を受け取る気はないぞ?」

「女性から頼まれたんでしょ。確かに渡しましたからね。」

司令室への戻り際、部下のハボックから白く小さな封筒を受け取り、
女性からの物かと確認すれば、書き込まれた字は明らかに男の物だった。

「男からラブレターねぇ…いいんじゃないの?男女問わず人気者で。」

「ちゃかすな。男からなんて気持ち悪い。第一軍人だったらどうする。」

セントラルから2日間程で出向に来ていた、ロイと同じ黒髪の軍人が部屋へと入り、
ロイは受け渡された書類の封筒と共に白い封筒を机へと投げ置くと、
続けて入室してきたリザの煎れた珈琲を片手に二人ソファーへと腰を落ち着ける。

「で、お前さん同居始めたんだって?」

「あぁ。エルリック兄弟のオマケ付きでな。」

「オマケって……兄弟も滞在してんのか?」

「彼らも思う所があるんだろう……彼女持つ知識は、彼らにとっても何か得られる物があるかもしれん。
それにアルフォンスの方がずいぶんなついててな……」

「本から飛び出してきた女ねぇ……で、お前が預かるって事はそこそこ美人って事か?」

「お前は人をなんだと…」

「脚の綺麗な幼な妻だっけか?」

「誰から聞いた。」

飲みかけていた珈琲カップがぴたりと止まり、顔を上げれば、
正面に座るヒューズと、そのソファーの後ろで書類の束を整理していたリザが目を合わせる。

「中尉……」

「こんな面白いネタ俺が逃すわけないだろう。で、今夜会わせてもらえるんだろ?」

「どうせ家に泊まるんだろう……もう連絡済みだ」

「じゃ今夜はお前の家で飲むのか?」

「子供も居るし外に出ても良いだろう」

「お前さんも色々大変だな。噂の彼女と飲んで見たい気がしなくもないが、誘えるか?」

次第だな。良く気の利く女性なだけにそこまで計算して、つまみも用意してるかもしれん。」

「ロイもいよいよ結婚か?」

「馬鹿を言うな……」

仕事の合間の軽い談話の筈が気づけば自分を追い込み、何処かで会話を終わらせようと、口を開いた時だった。
司令室の電話が鳴り響き、中尉が受話器を上げる。
2・3言話せば、受話器をそのままに顔を上げロイを見た。

「大佐、エドワード君からです。」

「用件は?」

カップを持ったまま立ち上がり、どうせそろそろ軍務に戻るつもりだったからか、
そのカップをデスクに置き、リザから受話器を受け取る。

が消えたそうですよ……」

「なに?」

リザから受話器を受け取り、電話越しのくぐもった声ながら何事か叫ぶエドワードの声、
それをなだめながらもどこか落ち着かない弟の声が忙しなく響く。

「私だ。少し落ち着きたまえ……買い物かなにかではないのかね?」

エドワードがわざわざ軍にまで電話をよこす時点で通常の状態ではない事など分かってはいたが、
とにかく落ち着けないことには話しが始まらない。

「その買い物に行って帰ってきたら居なくなってたんだ。なんか…なんかがおかしい。」

「………続けろ」

「キッチンが…料理の途中で、火は消してあって……皿なんかは洗って伏せてあるのに、
包丁とかさ、切りかけの野菜なんかと一緒にまな板の上なんだ。あとエプロンが台の上に置いてあって……」

「入り口に争った形跡などは?」

「それが無いんだ……」

「そうか……私ももう上がる。君達はそのまま自宅で待機。わかったな。」

「もう上がるって…なんかやばい感じがするって!分かってんのか?」

「『分かった』と言った筈だ。今ここで我々が電話で話しをしていても埒が明かんだろう。
そちらもそちらで進展があればまた報告してこい。分かったら復唱。」

「………わかった。待機してまってりゃいいんだな。」

「そうだ。ではまた後ほど」

チンと小さく高い音を立て、受話器を置き顔をあげれば、書類の中から先ほど受け取った白い封筒が妙に目についた。

「どうした?」

が消えたそうだ。」

「それはさっき聞いたって」


他にどう表現する事もできず、そのまま伝えたロイは本日分の残った数枚の書類にサインをすべく、
机に手を伸ばし、万年筆のキャップを空け、軽く内容をチェックし、すらすらと自分の名を連ね、
中尉にその書類をそのまま預けて行く。

書類を片付ければ机の上には白い封筒が残る。

『親愛なる ロイ・マスタング 大佐』

真っ白な封筒に書かれた名は汚くはないが、明らかに男の字で連ねられ、裏返しても差出人は不明。
ハボックから受け取った時からの妙な違和感。
これは何かあると、自分の五感がその瞬間から訴えていた。

古い付き合いのヒューズもリザも、こんな時にラブレターと思しき封筒を開き、
中身を確認するロイを止めず、その表情を黙って見守る。

「ビンゴだな……嫌な予感というのはどうしてこうも……」

内容を確認したロイが、いつの間にか側に立つヒューズに封筒と同様真っ白な便箋を手渡す。

「私怨か趣味か……」

「わざわざお前さん宛てにこんな手紙をよこすって事は…両方だろ…」

「どちらにしても事は急を要するな。中尉、ハボックを。」

ロイの命に踵を鳴らし敬礼で返しリザが部屋を後にする。
ヒューズから手元に戻された便箋にロイは再び視線を落とした。


『 親愛なる ロイ・マスタング 大佐

   先日は私のフィアンセがお世話になりました。

  お蔭様で彼女の心は私から離れ、私も晴れて自由の身です。

  彼女に関しましては、あなたとの事は遊びだったと割り切っているようすです。

  機会があればまた食事にでも誘ってあげてください。

   そしてもう一つ。

  あなたのお陰で私も理想の女性に出会う事ができました。

  貴方と同じ黒い髪で、とても美しい声で歌う女性です。

  私のフィアンセが貴方に惹かれた訳が少し分かったような気がします。

  黒い髪に黒い瞳はまるで魔法ですね。

  そして子供に向けて見せる儚げな微笑み……

   私が街でみかけたその女性はは貴方が保護していると聞きました。

  でも安心してください。今日からは私がそれを引き受けます。

  これであなたもまた自由に女性とお付き合いできる事でしょう。

  それではお体に気をつけて……


某月某日 貴方の理解者より』



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本編内容はもう上がっていたのですが、書き出しにものすごく悩みました。
この事件からすべての話が始まります。

こっから先はもうスピード乗りまくりで更新停滞の心配もないかと思いますが、
なにぶん現段階でもかなり長くなってしまってまして、
終了までにまた時間をかけてしまうかもしれませんが、お付き合いの程よろしくお願いします。