Act,26




「ここ…何処?」

頭の中がぼんやりして思考が働かない。
重い頭をゆっくり動かして部屋を見回せば、アンティークでシンプルな家具が、必要最低限に置かれている程度。
窓にはカーテンがかかり、加えて雨戸までしかれているのか、外の光が隙間からわずかに漏れる程度。
そして部屋には2箇所のドア。

「ん……」

頭が重いと心なし体も重い。
部屋の中に人の気配が感じられず、寝てもいられないので体を起こしてみるが、体が嫌に重い。
寝不足時の仮眠から目覚めた感じ。
目は覚めているも、起き上がった姿勢のままぼーっと天井を見上げてみる。
ベットの天井だからかやけに低い。

ぼんやりとベットから降りてみる。
そういえば日本と違ってベットの上でも眠る時以外は、靴のままなんだと今更ながらに思い、立ち上がって改めて部屋を見回す。
薄暗い部屋の、とりあえず窓だけでも開けようと近づくも、開いたカーテンの向こうの窓には溶接したような跡と、落書きが一つ。

「これってレンセイジン?」

こちらに来て直ぐに得た知識。
円の中に図形が描かれ、溶接された窓枠は、どこか不自然に跡が残る。
脳が急に冴えてくる。
震える指で、それをなぞってみれば案の定石のように硬く、セメントで塗り固められたような冷たい感触が伝わる。
開かない窓に踵を返し、部屋に2箇所位置する扉のドアに手を掛けてみれば、
1つめはあっさりと開き、扉の向こうはユニットバス。
同じように溶接された窓を確認すると、もう一方の扉へと歩み、
ドアノブへ手を掛けようとした瞬間ノブの方から動きを見せ、が反射的に手を引けば、扉が開き、ここ数日毎日目にした青い軍服が目の前に現れた。

「お目覚めですか?」

現れた男はをさりげなく部屋へ押し入れるように扉の前に立ち、背中越しの扉を閉める。

「あの……」

「はじめまして。立ち話もなんですし、お茶でもいかがですか?」

目覚める時間が予めわかっていたのか、
テーブルにはティーセットが用意され二人分のカップへと注がれたお湯も湯気を立てている。
不信感を抱きながらも、現状を把握できないままどうする事もできず、
促されるまま席には席に付く。

「錬金術……士さん…なんですか?」

「そうです。部屋。ご覧になったんですね。」

男は目の前にゆっくりと腰を下ろし、カップのお茶に口を付ける。

「ご不便をおかけしますが、しばらくここに滞在していただきたいんですよ……。」

「滞在って……。」

「事が落ち着けば直ぐにでも移動したいんですけどね、
さすがに彼も伊達で『大佐』などと言う地位に居るわけじゃない。」

「おっしゃってる事の意味が――」

「僕はね貴方に個人的な感情を抱いています。
できる事ならゆっくりと時間を掛けてお近づきになりたかった……
だが早る気持ちを抑えられなかったんですよ。」

カップをソーサーへ置き、男は穏やかな笑みを浮かべる。

「あの男は僕から大切な人を奪いました。けれど同時に気付かせてくれたんです。
一番だと思っていた彼女への気持ちが勘違いであった事に……そして貴方と出会った。
復讐も出来て、大切なものを手に入れる。まさに一石二鳥でしょう?」

「私の……私の意志は?」

「貴方は僕が嫌いですか?」

「…………」

穏やか過ぎる程の男の笑みに呆気に取られ、言葉も出ない。

「答えを急ぐ気はありません。けれど今は一緒にいてください。まずは復讐のお手伝い。してくださいね。」

「ちょっとまってっ」

「どうしました?」

言うだけ言って立ち上がった男に思わず立ち上がり、声を掛けてしまう。

「あ……あの……名前!私まだ貴方の名前、聞いてません!」

何を、何から問うて良いのかも分からず、とっさに口にしてしまう。

「あぁ……そういえば自己紹介もまだでしたよね。僕の名前は……」

男が言いかけた時、それを遮るようにドアがノックされ、
男はそれに応えに軽く会釈して部屋から出て行ってしまう。

緊張していたのか、膝の力が抜けたは、それまで座っていた椅子へと再び腰を下ろす。

「復讐ってなんなのよ……エド君やアル君は?
大佐ってロイさんの事よね……なんなんだろういったい………」

結局状況の判断もろくにできず、
部屋に一人取り残され、時計も無い部屋では時間もわからない。
僅かに窓から漏れる光が、まだ日中である事だけを伝える。

「……私……捨てたられたわけじゃ……ないよね……」

今はまだ、何をどう考えて良いのかもわからず、は膝の上できゅっとスカートを握り締めた。








空の色が赤く染まり始めた頃、屋敷の門の前に一台の軍用車が停車し、フロントガラスが下りる。

「ロイ・マスタングだ。連絡は入っていたかと思うが?」

ロイは普段身に着けた軍服ではなく、私服のスーツを身にまとい、屋敷入り口の人間に声を掛ける。
金属の柵の門が音を立てて開き、車敷地内へと進入する。
短い中庭のスロープを抜け玄関前で停車し、
ハボックに運転させた車から降り、まっすぐロイは屋敷へと向かう。

再び車はエンジン音を鳴らし、今入ってきたばかりの門をくぐり敷地の外へと出てしまう。
屋敷からそこそこ距離を持った車はロイの行き着けの店前で停車し、その違和感を見せない。

「上がりの人間巻き込むなっつーの。でもまぁ仕方ないか……」

車から降り、沈みかけた夕日に一人ごちながら、ハボックは一人店内へと姿を消した。






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続きも続き。
中途半端も良い所なのでコメントは控えます。