Act,27


屋敷の入り口で使用人にコートを預け、ロイは通された応接室のソファーへと腰を落ち着かせ、
2人分のお茶を用意し、もう少々主を待てとのメイドの言葉に何時もの笑顔を向ける。

「ありがとう。良い香りだ……
それにしても君の雇い主には申し訳無い事をした。突然のアポだったものでね幾らでも待たせてもらうよ。
ところで……
君は今忙しいのかな?できれば彼が来るまでの間私のお相手を願いたいのだが―――」

カップに注がれた紅茶をまず褒める。
続いて甘いマスクと言葉で誘えばそこいらの女など簡単に落ちてしまう。



「ここに来て君はどれくらい経つんだい?」



「住み込みでそんなに?それでは実家のご両親がさぞ寂しがっているだろうね……
これほど美しく器量の良い娘に育っているんだ。お喜びになるよ。」



「恋人は?居ない?それは意外だな……」



「これほどの屋敷だ。他に使用人も沢山居るだろう?
君ほどの女性を傍に居る男性がほおって置く筈が無い……」



ロイはメイドに甘い言葉を交えながら屋敷の状況を確認して行く。

使用人の男女比・人数・新入りの出入り具合から、屋敷の主の性格や趣味、最近の女性関係。
食事の回数や外からの業者の名前、仕入れている家具のメーカーに部屋の改装工事。

おしゃべりなメイドは楽しそうにロイの思惑通りぺらぺらと屋敷と主人の状況を語って行く。
笑顔で会話を続けるロイの頭の中は、単なる憶測が確定へと変わって行く。
『間違いなくはここにいる』
しかし考えはそこまでで留まらない。
約束の時間前とはいえ、事前に連絡を入れておいたはずなのに現れる気配の無い屋敷の主。
内部の事を知られたくないのであれば若い使用人を使わず、男性か若しくは熟年女性で、物静かなタイプを遣すはず。
なにより、急な取り付けにあっさり応じた事すらも頭の中へ霞を掛ける。

「お待たせしました。」

約束の時間を過ぎた頃、やっと当事者が現れる。
軽いノックにメイドは現実へと引き戻され、口を閉ざし、主の分のお茶を煎れるとロイに向かって軽く頭を下げ、
そそくさと部屋から退室する。

「彼女がなにか?」

「君を待っている間私の話し相手になってくれていたのだよ。それだけだ。
それより……突然お邪魔して悪かったね。
彼がどうしてもと聞かないもので……」

「こちらこそ。お待たせしました。
マスタング大佐が訪れてくださったと言うのに……
本日から来客がありましてね……そちらの方のお相手をしておりまして……
先程のメイドではないが、女性とはなぜあれほどおしゃべりが好きなのでしょうね。」

男は自分のカップに口を付け、軽く口内を潤し、カップから離れた唇が笑みを浮かべる。
つりあがる唇にロイは一瞬目を細め、

「君は女性との華やかな会話は嫌いなのか?
良いではないか。美しい女性が笑顔を浮かべ語る姿は見ていて飽きないよ……
ところで来客中によかったのかな。」

「えぇかまいません。僕の方こそ、一度大佐をお招きして、錬金術を見ていただこうと思っていた所です。
鋼の錬金術師殿は御一緒ではないのですか?」

「今日は控えてもらったよ。
いきなり子供が押しかけても迷惑だろう?
ちょうど中央から知人があってね、彼らはその知人に任せてある。」

「そうですか…でわ……」

残った茶を飲み干すと互いに立ち上がり、ロイは男に案内されるまま屋敷の中を進んで行く。
通常錬金術の研究部屋と書庫とは別々に分け、研究室は地下と相場が決まっている。
研究中に起きる爆発や、失敗した錬成反応からの事故を過程し、周りへの被害を抑えるためだ。
書庫を別にするのは、火災が発生した場合、研究室に本が集中していては研究毎灰になってしまう。

通常術者は自分の研究内容が暴かれるのを嫌う。
手の内を見せ、それを盗まれる事を避けるため当然のことだ。
その為、ロイは真っ直ぐ書庫へ案内されると思っていたが、
どうやら予想に反し、案内される方向はどうやら地下らしい。
どこか腑に落ちず、会話もない二人の空気を男が破る。

「まず私の研究を見ていただこうと思いまして……」

「あぁ…それは構わんが……」

通された地下の部屋は研究室とは言えぬ程明るく、絨毯も家具も良いものを使っていた。
何より屋敷全体の大きさに比べ、差ほど地下深くはない。

「いったい誰が『研究室は地下』などと定めたんでしょうね。
私はあまり『研究室』と言うのがが好きではないんですよ。
湿っぽくて陰気でしょうがない……なので家具を使いできる限り明るくしました。
研究はこちらです。暗号形式はまだ定めて無いんです。
国家資格を取ればそれも必要になってくるんでしょうが、今は必要ないかと思いまして……」

入室し、歩くたびになにか違和感を感じる。
そんな部屋の雰囲気をごまかすためか、男はロイに自分の研究レポートを渡し、
部屋と研究内容に付いて一人語りだす。

「ふむ……君は物質系の錬金術を応用した状態変化を研究しているようだな。
まぁたしかにこの程度なら研究室も差ほど地下深く無くても良いだろうが、
屋敷の規模を考えると万が一を考えてもう少し用心した方が良い。」

「どういう意味ですか?」

基礎の固まらない上辺だけのレポートを男に返し、床の絨毯を確かめ、棚に並ぶ器材・書籍の内容を確認する。

「レポートはともかく、この部屋で君は少なからず火器を扱うだろう?
加えて錬金術とは術者の精神状態や肉体状態で簡単に変わってしまう不安定な物だ。
たとえば、この机の上で火器を扱う。
偶然にも小さな火の粉が床に落ちればどうなる?」

「それは……」

「この高価で柔らかい絨毯は炎を上げ、酸素を求めて扉へと進み、階段の絨毯を伝いあっと言う間に屋敷は火の海だ。
どんなに気を付けていても小さな失敗やミスは生じる。人として当然の事だ。
事前の対策の一環として、術者は研究室を湿っぽい地下にする事が多いんだ……」

嫌味も無く、上司としてか教官としてか、語るロイに、男はきゅっと唇を噛み、拳を握り締める。

「こちらの書物は興味深いな……ジャンルがばらばらだが、これは君の趣味か?」

「あ、えぇ…」

「ふむ……君はだれか特定の人間から錬金術を教わったわけではないのか?」

「そうですね、特定の人間に付いた事はありません。父の推薦で屋敷にやって来た家庭教師が何人か……」

「そうか……」

一冊棚から本を取り、数ページ捲って軽く文字を追う。
研究室に置いてあるということは、それなりに使用頻度も高いはずだが、
真新しい書籍はあまり読んだ癖も無く、特定のページをチェックしていた跡も無い。

「あの…大佐……」

「あぁすまない。そうだな…できれば書庫も案内してもらえるかな?
君のレポートと、ここにおいてある本だけでは研究内容の方向性がつかめなくてね……。」

「……わかりました。案内します。」

ここに並べてある書籍だけでも、それなりに値が張る貴重な物の筈。
この部屋に案内してから……
いや、男にとって、屋敷に来る前、軍部で顔を合わせた時からロイの発言一言一言がたまらなく憎らしい。
自分の研究成果を褒める所か、内容を確認するわけも無く、
あっさりと解析したかと思えば、研究室と自分の発言に対し難癖を付ける。
挙句、ここにある本にも殆ど目もくれず、一冊手に取っただけで「方向性がつかめない」などと言う。

書庫へと向かう途中も握り締めた拳から力が抜ける事は無く、
男は自分の後ろを歩くロイに唇を噛み締めたまま、目的の部屋へと到着した。

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わかりにくい文章ですみません。
今回もコメントは控えます。