Act,28

「ほぉこれは……なかなかの物だな……」

案内された部屋に広がる本棚と蔵書の数にロイは思わず感嘆する。

「各地から珍しい蔵書の噂が流れてきては購入してるとこうなりまして……」

書庫は研究室から離れ、屋敷の随分上階に在った。
恐らく近くには男の部屋が有るのだろう。
窓から見える空はもう夜の色を見せ、星と月はこの部屋が南向きに位置する事を伝える。
遮光カーテンを使ってはいるようだが、
これではせっかくの蔵書も直ぐに痛んでしまうだろう。

貴重な文献の説明をべらべらと一人進める男の話を聞きながら、
ロイは苦笑を浮かべる。
どうやら置いてある本の内容だけは把握しているらしい。
手入れも使用人がしているのだろう。
『鋼のを連れて来れば暫く通いだな』
ただの飾りにしては勿体無い程の蔵書の背表紙を眺めていると、男の話が一旦途切れた。

「そういえば君は図書館は利用するか?」

「図書館?」

「あぁこれだけ蔵書がそろっていれば特に必要もないかと思うが……」

「任務でまれに資料室へ行く事はあっても図書館への利用はあまりないですね……
前回利用したのも何時だったか……」

のあの本とは無関係か?』
白を切っているようにも見えない。
何よりここにある蔵書もあまり手をつけた形跡が見られない所から、男は本に手を取るのはあまり好まないらしい。

話の腰を折られ、なによりロイが蔵書へ興味を示しているように取れた男は、そこから黙り、

「どうぞご自由に」

と一言加えると部屋の入り口近くに設置されたソファーへと腰掛ける。

ロイは本棚を順番にゆっくりと回り、時折中身を開いては内容を確認する。
文字を追っているものの、思考は別の所にあった。

がここにいるのはほぼ間違いないだろう。
しかし確たる証拠がない。
仮に証拠を掴んだとしても、を安全に保護する為には所在地を知る必要もある。
見えないながら、彼女の現状を考えると長期戦は避けたい。
時折本棚の間から男の様子を伺うも、彼は彼でこちらの様子をしっかりと見張っている。
部屋から出て、屋敷を探索する事も不可能。
行き詰まったロイが、別の本を手に取った時だった。

どこからか小さな歌声が聞こえてきた。


掠れる事なく、一定の音量で優しく何かを慰める子守唄を思わせるような歌声。


まだ出会って数日しか経ってはいない。


が、ロイは確信した。


『間違いない。だ。』


昨夜一度きり、今と同じように部屋を隔てて耳にした程度だが、優しくどこか懐かしい歌声。


手に取ったばかりの本を棚に収め、男に声を掛けようとした時だった。

「すみません。本は適当に拝見してくださってかまいません。僕は少し席を外してもよろしいですか?」

「構わんが、なにか急ぎか?」

「いえ別に……何かあれば、表に使用人が控えていますので、そちらへ。」

白々しいロイの台詞よりも、男は歌声が余程気になるのか、さっさと退室してしまう。
反射的にその背中を追わんと、ロイも出口へ向かうも、男に代わり初老の使用人が入り口に立つ。
だがロイの目的は男を追う事ではなかった。
廊下近くの本棚で立ち止まり、再び1冊本を手に取る。
内容を確認する仕草を見せながら、耳は男の足音を追っていた。

遠ざかる男の足音は、さらに先へと進むかと思ったが、意外にも近くで立ち止まり、
続いてノックも無く、扉を開く音。
扉は直ぐに閉じ、部屋の会話は聞こえてこない。
『ここまでか……』
先程の歌声での所在が私に知れた事を恐らく男も警戒するだろう。
『暴力など振るわれていなければ良いが』
そう考えると彼女が拉致され、彼が軍務から戻りここまで差ほど時間は経っていない。
現段階では最悪の状態だけは免れているだろうがこの後は……

胸元のポケットから愛用の万年筆を取り出し手帳に適当な記載をする。
本の背表紙を確認しながら、入り口の気配を探り、万年筆を棚へ置き、
部屋の入り口へと歩きながら手帳を内ポケットへと収め、使用人へ声をかけた。

「立て込んでいるようだな……」

このまま少し入り口から様子を探ろうかと会話を始めるも、直ぐに男が部屋へと姿を見せた。

「お待たせしました。」

「もう良いのかな?随分慌てていたようだが……」

「いえ…今はもう…ただマスタング大佐、本日はもう……」

「そうだな……近いうち鋼の兄弟を連れて改めさせてもらっても良いかな?」

「えぇ是非。」

短い会話を終え、男と二人ロイは書庫を出て廊下を歩く。
足音はごく近くで止まり扉の音が聞こえたと言う事は、この廊下、向きは書庫より奥に位置する部屋。
聞こえるか否かは分からない。
だがロイは会話のボリュームをあえて大きく会話をする。
男の目は明らかに敵意を向けていたが、お構いなしに。



――――――知らせたい。



ただそれだけ。

直ぐに戻る。君は渡さない。

男との会話の中へそんな思いを込めて………




「今夜は急にすまなかったね。」

心にも無い社交辞令を軽々と口にする。

「いえ、僕も色々と参考になりました。」

こちらもまた同じく返す。

屋敷の扉を出る際ロイはもう一度彼女の居るであろう部屋の位置を見上げる。
出掛けに交わした挨拶など右から左へ。
建物を背に歩くロイの顔は先程までの表情とは明らかに違う。

「ハボック。動くぞ。彼女はあそこにいる。」

連絡を受け、屋敷に付けていた車に乗り込みロイはっきりそう告げた。

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ぐだぐだ……