Act,29

『歌を歌う事がそんなに悪い事だった?』

そんな疑念は直ぐにの頭の中から消えた。
男が現れ、見張りのように執事を置いて部屋を出てあまり間を置かず、廊下から知った声が聞こえてくる。

『ロイ……さん……。』

男は言葉では特に何も言わなかった。
ただ、「来客中なので少し静かにして貰えますか」と見張りを一人置いて去った。

まだほんの2・3日の事。
まだ良くは知らないが、『ロイ』という人間は悪い人では無いと思う。
しかし自分をここへ連れてきたであろう屋敷の主はロイに対して明らかに嫌悪感を抱いている。
自分はあの男の蟠りに巻き込まれているだけ。
ただの被害者なのだろう。

だが、は何か腑に落ちない。

『そうだ……あの人…どこか寂しそう……』







ロイが屋敷を出て直ぐ男はを食事へ誘う。
連れられた広い食堂には、白いテーブルクロスの上に白い食器。

透明なグラスに注がれる香りの良いシャンパン。

「まったく……驚きましたよ。」

男はグラスを傾けながら口を開く。

「貴方の歌は今夜にでもゆっくり聞かせてください……」

食事など進むはずのないを前に、男は一人話続ける。

『私はいったいなんなんだろう……』

一方的な男の話にぼんやりとグラスのワインを見つめる。
磨かれたクリスタルグラスにシャンパンの泡がふつふつと水面に向かって上り、消えていく。
運ばれた食事に手を付けないに、男は語りかけるも、
黙ってその生まれては消えていく泡を見続けていた。






「貴方は…貴方は何か勘違いをされているんだと思います……。
ロイさんときちんとお話はされたんですか?」

一言も口を開かず、結局食事にも手を付けなかったが、食堂から部屋への廊下でふと足を止め男に問うた。

「あんな男に話すことなど何もありませんよ。」

一度足を止めるも、そのまま男は歩みを進め、部屋の中へを招く。

「私は私は望んであの人の家に居たわけじゃないんです。
隠す隠さないの違いだけで……あの人が私を呼んだって伺いましたし……
だからこんな事しなくても、私は……
伺っても良いですか?貴方とロイさんに何があったのか……」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

あからさまにロイへの嫌悪感を見せる男。
は目の前の男の顔をじっとみつめ、男はへ椅子を勧め自分も席に着く。
そしてゆっくりと口を開いた。

「僕は…僕には軍に入隊する前からフィアンセが居ましてね。
家柄、両親の事など関係なく、お互い子供の頃からの知り合いで、惹かれあって将来を約束していたんですよ。
軍への入隊時は東方を志願していたんですが、軍の錬金術学校はセントラル。
学校を卒業し、希望する東方への着任が決まって彼女へ会いに行けば、
彼女はあの男と一緒に楽しそうに歩いていたんですよ。

彼女とはセントラルに居る頃も手紙や電話でのやり取りを欠かした事なかったし、
あんな男の事も何一つ聞いていなかった。
僕の勘違いかと思って問い詰めてみたら彼女

『勉強中の貴方の邪魔はしたくなかった。
私は遊びだとわかっていてもあの人が好きだ。
だからその熱が冷めるまで待ってほしい。』

ってね。
飽きれましたよ……
あの男は調べなくても女遊びで有名なイシュバールの英雄『ロイ・マスタング大佐』
有名人から言い寄られて、離れて暮らしていた僕の事などどうでも良くなってしまっていたんですよ……」

男は何時の間にか両手で顔を覆い、伏せっていた。
怒りか悲しみか……
声を震わせる男の髪に、の手が自然と伸びていた。
そっと触れた手に男が顔を上げかけた時、部屋へノック音が響く。
男は上げた顔をそのまま扉へと向け、立ち上がり外へと出てしまう。

「少し…予定より早くなりましたが、暗い所は平気ですか?移動します。」

戻った男の口からそれが告げられた後、首を傾げるが何かを問えばと迷う間に、
2度目のノック音が部屋に響きは男に手を取られ、部屋を移動する。





「どうでした?」

2度目の屋敷訪問から車内に戻ったロイに、ハボックが車を出しながら問えば、
図書室に置き忘れた万年筆を指で遊びながらロイは口を開く。

「主は留守。私が出て直ぐに出かけたそうだ。」

「屋敷の出入りはチェックしてますからね。居留守ですか。」

「恐らくな……だが……」

車窓から見える屋敷の門を見送りながら
しばらく二人は口を閉ざし、考え込んでいたロイがふと顔を上げ、地図と取り出し睨みつける。
やがて車は屋敷傍の店へ停車し、2人は車外へ出るも、ロイはもう一度目の前の屋敷を見、そのまま運転席へと回る。

「ハボック。ヒューズ達に張り込みの継続と、お前も張り込みを続けろ。」

「大佐はまた屋敷ですか?」

「いや……少し心当たりがあってな…何かあれば直ぐに連絡を入れる。」

ハボックの敬礼確認を待たず、ロイは足早に車を走らせる。



道は



スラム街へ伸びていた。



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ある程度書き溜めてから出しているせいか、
書いている頃のコメントってのが浮かびません(爆)

どうか読んでる人達が飽きてきてませんように……