バレンタイン 後編

「大佐って甘いのだめだっけか?」

リビングのソファーで不機嫌なオーラを納める事なく新聞を読みふけるロイの前に座り、問いかければ、広げた新聞を持つ手に一瞬力が入る。

「何の話だ……」

「俺の記憶が正しければ、珈琲はブラックでも朝ご飯の代わりに手作りのクッキーぼりぼり食ってたような気が……」

「何が言いたい。」

「喧嘩の原因なんだよって事。」

「喧嘩などしていない。」

「でもは怒ってるよな?」

「機嫌が悪いだけだ。」

「なんで?」

「………………………………」

「大佐。どうでも良いけど新聞逆さまだぜ。」

二人の会話が途切れ、ロイが言われた通り逆さまの新聞を叩き閉じテーブルに半場捨てるように置くと一旦盛大なため息を付き、ゆっくりと口を開いた。

「私が普段ブラックの珈琲を飲んでいるのは知っているだろう。彼女から先日チョコレートが好きかと聞かれてね……」



『感謝の気持ち?チョコレート?気持ちはありがたいが私は甘いものが苦手でね。必要ないよ。
気持ちだけありがたく頂いておくから……それとも君がそんなに何かしたいと言ってくれるなら今晩……』



「で、どうしたんだ?」

「頬を一発殴られた。」


「最近忙しくてね、帰宅しても疲れてしまって会話もほとんど無い状態だったんだ。色々と溜まっていたのだよ。」

深く息を付きながら、いつの間にか空になっていた珈琲カップを見つめる。

「あんた最低だな。」

「大人の事情と言うやつだ。」

「んで。謝ったのか?」

「何を謝る必要がある?」

「やっぱりあんた最低だ。」

「なんなんだ一体……」


リビングで2人の錬金術師が不毛な会話を続ける中、達は必要最低限の会話で夕飯の支度を進めていた。

「ごめんアル君。私きょうあんまりお腹空いてなくて……2人の事お願いできる?
少し疲れてるみたい……今から休めばたぶん夜中目が覚めると思うから、アル君の体磨くのはそれからでも良いかな?」

「2人の事はともかく……さん大丈夫?疲れてるなら僕の事は良いよ?」

キッチンのカウンターに乗せられたトレイに二人分の食事を並べ、料理と夕飯の支度を終えると、
弟からもらった返事に、エプロンを外したが顔を上げ、2人の食事を託し、
「ごめんね。ありがとう」と一言残せば、リビングの2人に声をかける事なく自室へと姿を消した。



「兄さん大佐ごはんだよー」

堂々巡りを続ける似たもの同士二人の会話を弟のその一言が終わらせた。
育ち盛りで腹を空かせていた兄が勢い良く立ち上がり、同じく帰宅後何珈琲以外口にしていなかったロイも立ち上がるも、リビングに姿を見せたのが弟だけであることに眉を顰める。

は?」

「お腹も空いてないし、疲れてるから少し休みたいって、準備終わってすぐに部屋に戻ったよ。」

トレイに乗せた二人分の食事をテーブルに並べ、弟からそれを聞くとおそらくの部屋へと足を向けるロイを引き止める。

「何処行くんだよ。」

の様子を見に行く。彼女はここしばらく夕飯を食べていない。」

「本人がいらないっていってんだから仕方ないだろ。それに今日は夕方俺たちと一緒にケーキ食ってたし、
本当に空いてないだけだろ。一人にしてやれよ。」

「ケーキ?」

「そ。ばれんたいんのケーキだってさ。楽器屋の爺さんと俺とアルと4人で食った。」

「何時戻るかわからない君たちの分と4人分?」

「僕たちがお邪魔した時にはもう殆どできてました。」

「日頃の行いってやつだな。そんなことより大佐、飯食わないと冷めちまうぜ。」

「ざまーみろ」といわんばかりの兄に、隣の弟が苦笑し、リビングからの部屋を見上げるロイへと弟が声をかける。

「大佐。とりあえず夕食片付けてください。食後の片付け手伝が終わったら見てもらいたい物があるんです。」

「私にか?」

さんの事気になるならなおさら。」

弟のその一言にいまいち納得のいかない顔をしながらも並べられた食事の前に腰を落ち着け、エドと二人、の作った料理を胃の中へ掻き込むように片付けた。
食事を終え、弟に案内されるまま使い終えた食器をキッチンへ運べば「見せたかった物」の意味を知ることになる。

さん。きっと大佐の分も用意してたんだと思いますよ?」

弟が見せた冷蔵庫の中には、手の付けられていないフルーツと、キッチンの戸棚奥には未使用の板チョコが数枚。
クッキングブックが添えられ、処分するにもできなかった、の心残が伺える。

「食事作ってる途中も何度か目にしてはため息ついてました。」

隣りの弟の声などもう耳に入らず、ロイは板チョコに添えられた本を手に取り、ぺらぺらとページを捲る。
テキストだらけの本に、時折手書きのメモがちょっとしたイラストが挟まれ、彼女がこの日をどれ程楽しみに準備をしていたかが伺える。

「アルフォンス、冷蔵庫からフルーツを用意しろ。鋼のは鍋とまな板・包丁。」

本を手にし、の思いに耽るロイの側で、兄弟が夕飯の後片付けを済ませ、声も掛けず、キッチンから去ろうと背を向けた時だった。
あるページで手を止め、顔を上げると張りのある声で二人に指令を出す。

「おいおいおい。なんで俺達がそんな事やんなきゃなんねーんだよ」

「宿代の支払いもせずに毎回居座ってるんだ。お手伝いくらいしろ」

エドワードはあからさまに嫌な顔を見せるも、ロイのその煽りの一言より、背後からの弟の一言に言葉を抑え、不満ながらも言われた通り鍋を用意する。

「アルフォンス。この板チョコを細かく割って、湯煎にかけて溶かせ。鋼のには生クリームを作ってもらう。」

「大佐口ばっか動かしてないで、自分も動けよ!」

「兄さんだめだよ。僕らで作った方が安全だよ……」

「鋼の。なんだその大きさは……アルフォンス聞き捨てならん事を言うなっ」

本を読み上げ、指示を出していただけのロイがエドワードから包丁を奪い、
作業に入るなり指を切り、刻んだチョコレートの入った鍋は香ばしく、こげた香りを漂わせ始める。

いつの間にか戦場のように荒れたキッチンから、3人選りすぐりの本の一部のトコレートフォンデュを、ロイが練成した小さな器に盛られ、飾りには赤い薔薇を模した小物を添えて。
汚れたキッチンの中には少し違う空間が生まれ、兄弟に後片付けを命じたロイが一人の部屋に訪れる。

暗く、灯の消された部屋に入れば、
服のまま、ベットに倒れこみ、目尻にはうっすらと涙を浮かべたがシーツも掛けず、
枕を抱きしめて薄い呼吸を繰り返していた。

自分が開いた扉から漏れる光に薄っすらと浮かび見える、涙の跡に触れるだけのキスを贈り、
肩にそっとシーツを掛け、頬に掛かる髪を指先でそっと払う。

『はゆっくり話をしよう』

声に出さずも胸の中で呟き、
机の上に不器用ながらも大騒ぎをしながら作ったチョコレートフォンデュのラッピングに
一枚のメッセージカードを残し、

「おやすみ……」

ロイがっそっと部屋の扉を閉め、二人の初めてのバレンタインが終わった。

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なんかごっつ中途半端ですが、これ一応ホワイトデーに続きます。
兄弟と大佐の絡みがかけて楽しかったのですがががが、
最初書いてた花子サイドを大幅に削る必要があったのかなかったのか……
時間がかかったのはそこらへんでいろいろ葛藤があったからだと思っていただければ@言い訳言い訳